interview
乳がん患者に優しい選択肢・人工乳房

人工乳房は乳がんの乳房切除手術で失った乳房を補うシリコーンでできた人工物です。まだあまり一般には知られていない人工乳房ですが、人工乳房を製造し広める活動をおこなっている一般社団法人メディカルアテンダントフェデレーション代表理事の牧野エミさんにお話を伺ってきました。
アメリカで出会った人工乳房
このお仕事を始められたきっかけを教えてください。
(牧野 以下略)私は4代続く美容師の家に生まれ、私自身も美容師となりました。ところが仕事に邁進する中、体調を崩してしまい、やむなく自分のお店を手放すことに。
環境を変えようと向かった先はアメリカ。そしてここでエピテーゼに出会います。
エピテーゼとは、ケガや病気で容姿が変わってしまったり、体の一部が欠損してしまった部分を補うために使う人工物。この技術で様々な部位をつくることができるのですが、人工乳房もその一つです。
アメリカではとてもポピュラーなのですが、当時の日本では高額なものしか手に入らなかったこともあり、日本でもっと多くの方に手頃な価格でお届けしたい、という思いで2010年に一般社団法人メディカルアテンダントフェデレーションを設立しました。
人工乳房が活躍するシーン
人工乳房というとお風呂やプールなど裸にならなくてはならないシーンで使う方が多いというイメージがあるのですが?
はい、温泉に入りたいから、という理由で作られる方も多いのですが、日常使いされる方もいらっしゃいます。
たとえば、ブラジャーの切除側に布製のパッドを入れられる方は多いと思いますが、大きく動くとアンダーの支えがないので下着が動いてしまいます。
人工乳房はパッドとは異なり、強力な粘着力により肌に密着するので、下着が動いてしまうということもありません。
また胸元が開いた服を着ると傷跡が見えてしまうことを気にされている場合は、人工乳房の周りを大き目に作れば傷跡をカバーすることもできます。
それはオーダーならではですね。
そうですね。オーダーいただく時は、目的や使用シーンを細かくお聞きしています。趣味のダンスをする時用の人工乳房を作ってほしいといオーダーをいただいたことがありました。その時は胸を持ち上げた状態の形をお作りしました。
お風呂に入るとき用なのか、日常使い用なのか、ドレスアップするとき用なのか、目的によって形が異なります。
体に負担をかけずに、限りなく実物に近い乳房を手に入れられることができるのは乳がんを経験した女性としてとてもうれしいことです。では人工乳房で使いにくいところはないのでしょうか。
汗の問題があります。一日中使用する場合には、どうしても汗をかいてしまうので、数時間置きに汗を拭く必要があります。
当団体が製作している人工乳房は接着剤など使わずに肌にそのまま密着させて使うタイプなので、外出先でもトイレなどで手軽に汗の処理をしていただけます。

人工乳房という選択肢をもっと多くの人に知ってほしい
私のところには、乳房再建手術をしたものの、術後の経過がうまくいかなかったり、自分が思っていたような形にならなかったので、人工乳房を作ってほしいと訪ねてくる方が多くいらしゃいます。
また再建がうまくいっても、時間の経過とともに体形が変化し、健側と再建側の形の違いが大きく目立ってきてしまうことに悩まれる方もいらっしゃいます。
再建手術は新たな傷ができるなどの体への負担は避けられません。また再建手術の歴史もまだ浅いことから、医師の技術力に個人差があることは気になるところです。結果として人気の医師のところは数か月待ちのところもあるようですね。
もちろん、乳房切除後そのままという方も多くいらっしゃいますし、再建手術を選ばれる方もたくさんいらっしゃると思います。人工物には抵抗があるという方も多いでしょう。
でも、ぜひ一度人工乳房の実物を見て触っていたきたいのです。乳房を取り戻すためには、人工乳房という選択肢があるということをもっと多くの方に知ってほしいと思ってます。
インタビューを終えて
今回のインタビューで、アメリカでは患者の病気を治すまでではなく、患者を病気になる以前の状態にまで戻すことがゴールであるとの考えが密着しており、この点に大変感銘を受けました。
日本はまだ同じレベルには至っていませんが、乳房再建手術が保険適用になるなど、患者のQOLの向上を目指した在り方が徐々に広まりつつあると感じています。
そうした中、乳がん患者にとっての新しい選択肢に人工乳房が加わったことは、とてもうれしく思っています。
人工乳房は体に負担がなく、また変化していく私たちの身体にも柔軟に寄り添ってくれるパートナーですね。
乳房を失ってしまうことは大変つらいことですが、失った乳房を取り戻す方法にはいくつかの選択肢があることを、ぜひ多くの乳がんサバイバーの皆様に知っていただき、自分らしい人生を歩んでいただきたいと願っています。

一般社団法人メディカルアテンダントフェデレーション 代表理事 牧野エミ
ハリウッドで実務で実務を積んだのち、2008年にイアングッウィン主宰のモーション・ピクチュアー・F’X・カンパニーで特殊メイクアップを修得。また、2005年よりUCLAメディカルセンター・マキシロフェイシャルプロスにて、臨床研修を現在に至るまで毎年継続している。日本においては、2007年メジカルフレンド社発行の看護技術に論文を発表、また2008年から2009年には国立岡山大学医学部大学院非常勤講師を勤め、日本における特殊メイクの医療技術への導入の先駆けを成した。
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東京大学医学部付属病院研究員
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専門学校西武学園義肢装具科非常勤講師
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学校法人広島国際大学リハビリテーション学科非常勤講師